今日3日(金)は、越後庶民史研究会。
(おぉ! 私には珍しく「今日は」で始まる醒めずや備忘録!)
M氏による「街角に見る記憶の手がかり」というお題の講義でした。
研究会会場の半径わずか500mほどの界隈に有るモニュメントの紹介でしたが、「へぇ~~」の連続。
残念ながら私は新参新潟人なので、「ほら、前は〇〇が建っていた場所」とか「以前××屋さんだった所」…etc.なんて話になると「知らんがな」になってしまうのですが、ともかく、そんな身近な狭い範囲に、普段通っていたり目にしているはずなのに、全く気付いていなかった碑や像が有ったなんて… と、目から鱗状態。
身の丈9mもある弘法大師像の立つ(そんなに大きな像なのに、全然気づいていなかった!)弘願寺は、元ストリップ劇場が有った場所で、そのストリップ劇場のオーナー(ビル持ちの社長で、キャバレーのマダムでもある方)が建立されたお寺だそうで、どうやら初代住職となられたんだそうで…
キャバレーのマダムとお寺の女住職の兼業って…… メッチャすごくないですか?!
越後の女はよく働くと、江戸から赴任してきたお奉行様が驚いたというし、江戸時代に女相場師まで居たというから、歴史的に見ても越後の女はアッパレだとは思っていましたが、昭和40年代始めにも、こんな方がいらっしゃったなんて…
現代では、色々なSNSで、この9mの弘法大師像が、ビルの街並みの中に有る違和感とも相まって、「進撃の巨人」みたいだなんて言われていたり…
…でもって、そんな大きな像に、今まで気づいていなかった自分にも呆れるやら驚くやら…💦
そんなこんな、色々御紹介が有った中で、2つのモニュメントは、丁度駐輪場のすぐ傍なので、早速行って、実際に見て来ました。
新潟 降雨庵の2世庵主だった太田木浦の句を刻み、裏側には「ここに西堀ありき」と刻んだ碑。
これまた、NEXT21には何度も来ていたというのに、目を止めた事もありませんでした。

そのまたすぐ傍に有るモニュメント、「新潟県の電話交換業務開始の地」碑。
これは…… 気づかなくてト~~ゼン!
…というのも…
ここに有ります。わかりますか?(いや…見えないって!)

かなり近寄ってみても…

さらに目の前にしても…

生垣の枝を掻き分けて、両肘と両膝で抑えて(かなり変な恰好)、ようやく全貌を撮影出来ました。

歴史的な碑、後世に伝えようと作ったはずの碑がこんな扱いとは…
M氏曰く、碑を建立する人や団体は、建立するのが目的となってしまって、その後どう残して行くかについては、あまり考えていない事が多い(碑についての説明書き等も無い事が多い)。その為、中には後に私有地となって、壊されたり捨てられたりという事も多々… との事。
また、その地に住む人達も、そういう自分達の住む場所の歴史的な事に、もっと目を向けて欲しい。
…という事でした。
なるほどねぇ~~~。
確かに…
今私も落語をやっていて、もっと東京(元江戸)の町を歩いて見ておけば良かったと思う事もしばしば。
新潟人となった今は、せっかくだから、もっと新潟の歴史的な事を学んで見て行かねばと思いつつ、ようやく秋めいてきた街中をチャリで帰宅したのでありました。

…ってな事で…
今日も私は元気ですッ!
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